モノイドや群は、足し算や掛け算などの「演算」を抽象化したものです。 数に対する演算だけでなく、図形を回転・反転させる操作や、文章を書くといった操作まで、幅広く抽象化します。
1さまざまな代数的構造
1.1二項演算とマグマ
さて、整数の足し算や掛け算は、2つの元と1つの元を対応付ける写像のようなものだと考えられます。 例えば「



」は、「

」の2つの元を「
」に対応付ける写像のようなものだといえます。









しかし基本編第4話で説明した通り、写像とは1つの元と1つの元を対応付けるものなので、2つの元を扱えません。 そこで、こちらのページで詳しく説明した「直積」を使います。 例えば、整数の足し算は、「

から
への写像」と考え、「





」とします。 「



」のケースでは、

に属する元「



」と「
」を対応付けて、「








」のようになります。



































補足
「f((4,3))=7」の括弧が二重になっていますが、外側は写像の括弧で、内側は直積に属する元、つまり順序対の括弧です。
これを一般化して、ある集合
に対し、

から
への写像
のことを「二項演算」といい、
と
を合わせた「



」を「マグマ」といいます。













ちなみに、整数の足し算は結果が必ず整数になりますが、整数の割り算は結果が整数になるとは限りません。 このため整数の割り算は、「





」とならず、二項演算ではありません。







二項演算は、写像「




」で表記するよりも、足し算「
」や掛け算「
」のような記号を使って、「

」「

」のようによく書かれます。 この場合、マグマ「



」も足し算や掛け算の記号を使って、「



」「



」のように表されます。 以下、「
」「
」「
」などの記号をまとめて「
」で表し、マグマを「



」と表記します。






































1.2モノイド
さて、マグマ「



」において、図1-1の条件を満たすとき、「



」は「モノイド」といいます。










マグマ「」において、以下を満たすとき、「
」を「モノイド」という。
(単位元)
(結合律)
1つ目の条件は、ある元
が存在して、任意の元
と「













」を常に満たすというものです。 この
を「単位元」といいます。 例えば、整数の足し算「



」では、「
」が単位元となり、任意の整数に対して「







」を満たします。 整数の掛け算「



」では、「
」が単位元です。







































補足
空集合の場合には単位元が存在しないため、空集合はモノイドになりません。
2つ目の条件は、任意の元



が「













」を満たすというものです。 この条件を「結合律」といいます。 例えば、整数の足し算は「













」を満たし、整数の掛け算も「













」を満たします。 よって、整数の足し算「



」や整数の掛け算「



」はモノイドです。




























































ここで、「文章を書く」という操作を考えてみます。 文章
に文章
を付け加えることを「

」と表して、空の文章を「
」と表すことにします。 例えば、
が「ABC」という文章、
が「DEF」という文章だとすると、

は「ABCDEF」という文章になる感じです。 このとき、空の文章
を付け加えると元の文章から変わらないことから「







」を満たします。 また、任意の文章



に対し「













」を満たします。 よって、文章を書くという操作はモノイドとなります。









































1.3群
さて、モノイド「



」において、さらに図1-2の条件を満たすとき、「



」は「群」といいます。










モノイド「」において、単位元を
として、以下を満たすとき、「
」を「群」という。
(逆元)
この条件は、任意の元
に対し、
と演算すると単位元になる元が存在するというものです。
に対するこのような元を「
の逆元」といい、よく「

」の記号で表されます。







例えば、整数の足し算「



」では、任意の整数
に対し、「













」より、「
」が逆元になります。 「
」の逆元は「
」です。 よって条件を満たすため、整数の足し算は「



」は群です。































一方、整数の掛け算「



」では、例えば整数「
」に対し、「







」を満たす
が、整数に存在しません。 よって、整数の掛け算は群ではありません。
















1.4アーベル群
さて、群「



」において、さらに図1-3の条件を満たすとき、「



」は「アーベル群」といいます。










群「」において、以下を満たすとき、「
」を「アーベル群」という。
(交換律)
この条件は、任意の元

に対し、
と
を入れ替えても演算結果が同じになるというものです。





例えば、整数の足し算「



」では、任意の整数

に対し、「





」が成り立つため、整数の足し算「



」はアーベル群です。




















ちなみに、逆行列が存在する

行列全体は、行列の積について群になります。 しかし、この行列

の積は一般に「



」となることがあるため、アーベル群ではありません。











2群の位数と元の位数
2.1群の位数
さて、ここからは群に関する主な概念について説明します。 群があったときに、それがどのような構造の群なのかを知るのに役立ちます。
群「



」において、
の元の個数のことを「群



の位数」といいます。 そして、
の元の個数が有限のとき、



は「有限群」といいます。
の元の個数が有限でないとき、



の位数は無限大とし、



は「無限群」といいます。




























例えば、整数の足し算の群



は、
の元の個数が有限でないため、群の位数が無限大の無限群となります。






2.2元の位数
また、群



において、ある元を

、単位元を

としたとき、「









(
が
個)」を満たす最小の
を、「元
の位数」といいます。 また、そのような
が存在しないとき、元
の位数は無限大とします。




























例えば、整数を
で割った余り全体
を考えると、足し算「
」について群になります。 ただしこの足し算「
」とは、「足してから
で割った余り」を求める演算とします。 例えば、「



」「



」「



」などといった感じです。
で割った余りは
以上
以下の整数のため、集合は「







」となります。
































このとき、群「



」の位数は、元が
個なので「
」です。 また、単位元「
」を「
」で表すと、各元の位数は、「

」「





」「





」より、元
の位数は「
」、元
の位数は「
」、元
の位数は「
」です。
































「群の位数」と「元の位数」は、ややこしいですが別物です。
3部分群
3.1部分群の定義

























例えば、整数の足し算



は群となりましたが、偶数全体の集合

を考えると、



は整数の足し算と同じ演算で群となりますので、



は



の部分群です。























整数を
で割った余り全体の集合







の場合には、

ではありますが、



における足し算を行った「



」は
に属さないため、
は



の部分群ではありません。






























部分群かどうかは、図3-1の定理で判定できます。
群と、空でない集合
があったとき、
が
の部分群であることは、以下の3つの条件を満たすことと同値である。
の単位元を
とすると、
の逆元を
で表すと、
もしくは、以下の条件を満たすことと同値である。
の逆元を
で表すと、
例えば、整数の足し算



に対して、偶数全体の集合

を考えると、任意の偶数



について、上図の「



」に相当する「








」も偶数になりますので、



は



の部分群といえます。






































3.2自明な部分群
ところで、任意の群



において、単位元を

としたとき、単位元だけが属する集合

を考えると、これは



の部分群「





」となります。 例えば、整数の足し算の群



に対し、「
」だけが属する集合

は、



の部分群「





」です。












































また、任意の群



において、

なため、明らかに



自身も



の部分群です。


















これら2つの部分群











は、任意の群に対して存在し、「自明な部分群」と呼ばれます。 また、自明な部分群以外の部分群のことを、「自明でない部分群」といいます。













4準同型写像と同型写像
さて、2つの群が同じ構造を持つことを言うために、「準同型写像」と「同型写像」という概念について説明します。 2つの群の関係を、写像を使って判断します。
4.1準同型写像
準同型写像の定義は図4-1の通りです。
2つの群と、写像
があって、以下を満たすとき、
を「準同型写像」という。
つまり、
と
を演算
してから写像
で変換すること「





」と、
と
をそれぞれ写像
で変換してから演算
すること「








」が常に同じになるとき、
を準同型写像といいます。




























例えば、整数の足し算の群「



」と、整数を
で割った余りにおける足し算





の群「



」があり、整数を
で割った余りを求める写像



があったとします(図4-2)。

























このとき、整数

を足し算してから
で割った余りを求めること「




」と、

を
で割った余りを求めてから足し算すること「







」は、同じになる「














」ため、
は準同型写像です。








































2つの群











に対する準同型写像が存在することは、




の構造を




の中に埋め込むことができると解釈できます。

























4.2同型写像
同型写像の定義は図4-3の通りです。
2つの群と、写像
があって、以下の2つを満たすとき、
を「同型写像」という。
は準同型写像である。
は全単射である。
例えば、整数の足し算の群「



」と、偶数の足し算の群「



」があり、整数を
倍する写像「












」があったとします。

























このとき、整数

を足し算してから
倍すること「





」と、

を
倍してから足し算すること「





」は同じになります。 また
は、
の元すべてに対応付けがあり、そして対応付けに重複がないため全単射です。 よって、写像
は同型写像です。

























重要なこととして、同型写像



があったとき、その逆写像





も同型写像となります。 つまり、2つの群











に対する同型写像が存在することは、2つの群の構造を保ったまま写像と逆写像で行き来できるため、




と




の構造が同じであると解釈できます。





































ちなみに、2つの群











に同型写像が存在するとき、




と




は「同型」であるといい、「











」と表します。






































5群の構造の例
最後に、単純な構造の群をいくつか紹介します。 群の構造には全部でどのような種類があるかを分類することは、さまざまな人々によって試みられました。
5.1自明な群
まず、最も単純な構造の群は、単位元
だけが属する群「





」です。 これは、「自明な群」と呼ばれます。








自明な群は群の位数が
であり、群の位数が
の群は必ず自明な群です。


5.2巡回群
次に単純な構造の群として「巡回群」を紹介します。
整数を
で割った余り全体の集合「













」は、足し算をして
で割った余りを求める演算「
」について群となります。 この群は図5-1のような構造になっています。



















このように、単位元から出発して、ある元を繰り返し演算させるとすべての元が網羅されるような群を、「巡回群」といいます。 群の位数が
の巡回群は、「
」などと書かれます。



巡回群は、群の位数が無限大の場合も考慮して、厳密には図5-2のように定義されます。
群において、単位元を
、ある元を
、
の逆元を
とする。 また、「
(
が
個)」を「
」と表し、「
」「
(
が
個)
」とする。 このとき、以下の条件を満たせば群
を「巡回群」といい、このときの元
を
の「生成元」という。
つまり、群



において、ある元
を使って「





























」と表せるとき、群



を「巡回群」といい、このときの「
」を



の「生成元」といいます。
















































例えば、整数を
で割った余り全体における足し算の群は、単位元が「
」であり、生成元を「
」として、各元が「


」「


」「






」「








」と表せるため、巡回群
です。































また、整数全体における足し算の群



は、単位元が「
」であり、生成元を「
」として、各元が「


」「


」「






」「




」「














」などのように、「





























」と表せるため、元の位数が無限大の巡回群です。












































































ちなみに、単位元
だけが属する自明な群「





」も、生成元を
とした巡回群
になります。











巡回群の主な定理を図5-3に列挙します。
- 巡回群は必ずアーベル群であり、任意の元
について
が成り立ちます。
- 巡回群の部分群は必ず巡回群です。
- 自明な群でない群の部分群には、自明な群でない巡回群が必ず存在します。
- 群の位数が素数の群は必ず巡回群です。
5.3クラインの四元群
巡回群ではない群の例としては、「クラインの四元群」と呼ばれる群があります。 これは群の位数が
の群であり、巡回群ではない群の中で最小の群の位数を持ちます。

クラインの四元群は、群の位数が
の巡回群が
つ組み合わさったような構造をしているため、「



」と表記されます。







クラインの四元群



は、単位元を
とし、他の
つの元を



とすると、二項演算「
」に対する結果は表5-1のようになります。













e | a | b | c | |
---|---|---|---|---|
e | e | a | b | c |
a | a | e | c | b |
b | b | c | e | a |
c | c | b | a | e |
例えば、「



」や「



」が表から読み取れます。 表ではよく分からないと思いますが、このクラインの四元群



は、左右と上下の反転操作と見なせます(図5-4)。
















例えば、「

」は2回左右反転をする操作ですが、すると元に戻るため何もしないことと同じなので、「



」です。








また、「

」は、左右反転してから上下反転する操作なので、これは
と同じになり、「



」です。









クラインの四元群



はアーベル群になっていて、任意の元

について





です。














