第1話では、数学の基本的なルールを解説しました。
今回は具体的な公理から「」を証明していきます。 が、その前に数学の最も基本的な要素である「集合」について説明しておこうと思います。 数学では基本的に、「」という数をはじめ、ほとんどのものが「集合」でできていると考えます。
1素朴集合論
1.1集合と元
「集合」とは、「いくつかのものを集めたもの」です。 「いくつかのもの」とは曖昧ですが、歴史的にも集合はこのような曖昧な捉え方から始まりました。 最終的には厳密に定義されます。
また、この「いくつかのもの」のことを「元」と呼びます。 そして、集合の中に元があるとき、元は集合に「属する」といい「」と書きます(図1-1)。
この図では、元は集合に属しているため、「」です。 一方、元は集合に属していませんが、このように属していない場合には「」と書きます。
1.2外延的記法と内包的記法
集合にどのような元が属しているかを表すには2種類の方法があります。 「外延的記法」と「内包的記法」です。
「外延的記法」とは、集合に属する元を列挙する方法です。 例えば、集合に「イヌ」「ネコ」「ウサギ」の元が属しているとき、外延的記法では「イヌネコウサギ」と書きます。
「内包的記法」とは、元の性質を記す方法です。 例えば、集合にはすべての動物が属しているとき、内包的記法では「は動物」と書きます。 ここではという記号を使いましたが、好きな記号を使って「記号記号を用いた条件文」と書け、その条件を満たすものをすべて集めた集合という意味になります。
外延的記法と内包的記法はどちらを使ってもよく、簡潔に表せるほうが使われます。
1.3含まれると等しい
次に、集合同士の関係について説明します。 例えば「イヌネコウサギ」「イヌネコ」であるとき、の元はすべての元になっています。 このとき、集合は集合に「含まれる」といい「」と書きます。 がに含まれない場合は「」と書きます。
「属する()」と「含まれる()」は記号も意味も似ていますが、混同しないように注意が必要です。 「属する」は元と集合の関係、「含まれる」は集合同士の関係です。
また、集合と集合の元がすべて一致しているとき、集合と集合は「等しい」といい、「」と書きます。 等しくない場合は「」と書きます。 集合の元の並びには順番はなく、また元が重複したときは1つとみなします。 つまり、「イヌネコウサギ」「ウサギネコイヌイヌイヌ」のとき、「」は成り立ちます。
「」「」の記号は、元同士の比較の際にも使われます。 元と元が同じものであれば「」、異なれば「」と書かれます。
1.4集合の集合
さて、「ある集合を元とする集合」というものも考えることができます。 例えば、「イヌ」を元とする集合は「イヌ」でしたが、この集合を元とする集合は「イヌ」となります。
例えば、「集合イヌネコ」「集合イヌ」「集合イヌ」であるとき、「」「」です。 元と集合の関係なのか、集合同士の関係なのかに注意してください。
1.5和集合と共通部分
第1話の命題の説明で「または()」と「かつ()」を解説しましたが、集合にもこれと似たものが用意されています。 集合では「または」は「」の記号、「かつ」は「」の記号で表し、集合、に対して「」「」のように書きます。
例えば、「甘いもの」を集めた集合が「ハチミツ砂糖グレープフルーツ」と定義され、「酸っぱいもの」を集めた集合が「酢レモングレープフルーツ」と定義されているとしましょう。 このとき、「甘いもの、または、酸っぱいもの」は「ハチミツ砂糖グレープフルーツ酢レモン」となり、「甘いもの、かつ、酸っぱいもの」は「グレープフルーツ」となります。
つまり、「」とは集合を結合させるもので、「」とは集合の共通部分を抜き出すものと言えます。
1.6空集合
1つも元が存在しない集合を「空集合」といい、「」の記号で表します。 例えば、集合に元が1つもないとき「」です。 この記号はギリシャ文字の「(ファイ)」に似ていますが、別記号です。
「」と「」は異なる集合です。 「」は元が1つもない集合ですが、「」は「」を元とする集合です。
2自然数
さて、それでは「」を証明するために、集合を使って「自然数」を定義しましょう。
「自然数」とは「」と延々と続く一連の数のことです。 「」を自然数に含めるかどうかは流派によって異なります。 現代数学では含めることが多いですが、数論の分野では「ただしは除く」という但し書きが頻出することになるので含めない人も多いです。 今回は含めることにします。
自然数全体の集合を定義してみましょう。 の定義は、「」とすれば十分に思えるかもしれません。 しかしこれは、次に「」と続くことをわたしたちが知っているという前提の上に成り立っていますので、厳密な定義とは言えません。 そこで今回は、自然数の定義として「ペアノの公理」と呼ばれるものを採用することにします。
「ペアノの公理」によると、「自然数」とは図2-1の構造を満たすものをいいます。
噛み砕くと、「」から出発して、「の次の数は」「の次の数は」のように延々と連ねて、分かれ道やループが無いものを「自然数」と言っています。 図2-1の(1)から(5)の内容を図示すると、図2-2のようになります。
(3)や(4)では分かれ道やループをなくし、(5)では「」以外の列をなくしています。 この図から、自然数が「」と一本道になるように、それ以外のケースを排除していることが分かります。
さて、このような「構造」を満たすものはすべて自然数と見なすことにします。 重要な点は、「自然数」というものが具体的に存在するのではなく、具体的な何かがこのような「構造」になっているときにそれを自然数と呼ぶことです。 こう捉えることで、様々なものを自然数として扱うことができます。
それでは、集合だけを使って自然数を構築してみましょう。 冒頭で説明した通り、集合は数学の基本的な要素ですので、集合だけで自然数が構築できれば、自然数も数学の要素として扱えるようになります。
例えば、を空集合「」で表し、数に対して次の数を「」で表すと、「」「」「」「」「」としていくことで「」が定義できます。 これはペアノの公理の各条件を満たしています。 よってこれは自然数であると言えます。
また別の例として、を空集合「」で表し、数に対して次の数を「」で表すと、「」「」「」「(中略)」「」となっていきます。 これもペアノの公理を満たすため、これも自然数であると言えます。
このように、いくつもの方法で集合から自然数が構築できます。 具体的にどの方法で自然数を構築したかは重要ではなく、ペアノの公理を満たしていればどの方法でも構いません。 以後、このように構築された自然数を改めて「」という集合で表すことにします。 は「自然数(Natural number)」の頭文字です。
3公理的集合論
3.1ラッセルのパラドックス
と、ここまである程度直感的に話を進めてきましたが、このように直感的に集合を扱うと、論理的に破綻することが判っています。 その一つの例が、「ラッセルのパラドックス」です。 ラッセルのパラドックスとは以下の通りです。
まず、日本語であるものをすべて集めた集合「日本語」を考えてみます。 このとき「日本語」自身も日本語なので、この集合に属します。 つまり、「日本語イヌネコ日本語」のようにします。
次に、英語であるものをすべて集めた集合「英語」を考えます。 このとき「英語」自身は英語ではないので、この集合には属しません。 つまり、「英語dogcatEnglish」のようにします。
このように考えると、集合とは2つのタイプに分けられ、この「日本語」のように「自分自身が属する集合」と、この「英語」のように「自分自身が属さない集合」が存在することになります。
ここで、「自分自身が属さない集合」をすべて集めた集合を考えてみましょう。 つまり「英語」は「自分自身が属さない集合」でしたので、「自分自身が属さない集合英語」となります。 さてこのとき、この集合には自分自身が属するでしょうか。 すなわち、「自分自身が属さない集合英語自分自身が属さない集合」となるでしょうか。
仮に自分自身が属するとした場合、「自分自身が属さない集合」なのに属しているので矛盾しています。 また仮に自分自身が属さないとした場合、「自分自身が属さない集合」という条件を満たしているので、この集合に属するべきとなって矛盾することになります。
第1話で説明した通り、命題は真か偽かのいずれかである必要があるため、このような問いは命題になりえません。 つまり「自分自身が属さない集合をすべて集めた集合」のような集合を無条件に認めてしまうと、論理的破綻を招くのです。
3.2公理的集合論
そこで、集合を「ものの集まり」のような直感的な定義ではなく、何が集合であるかを厳密に定めた「公理」によって集合を定義する流れが生まれました。 これは「公理的集合論」と呼ばれ、直感的なほうは「素朴集合論」と呼ばれます。
4加算の公理
それでは、いよいよ最後に「」を証明してみましょう。 ここまでで定義した自然数に対して、図4-1の公理を追加します。
これを、「加算の公理」といいます。 この公理を使うと「」が証明できます。 図4-2の通りです。
加算の公理を機械的に適用していくだけで、「」から「」が導出できています。 同様に「」「」なども証明できますので試してみてください。
今回は、集合を使って自然数を定義し、加算の公理を用いて「」を証明しました。 次回は、自然数に負の数を含めた「整数」をはじめとするさまざまな数をお話します!