1公理と定理と証明
数学では、大まかには、正しいとするいくつかの前提から出発して、正しいと言えるものを論理的に導出していきます。 これらのあらかじめ決めておいた正しい前提のことを「公理」といいます。
そして公理の他にもいくつかのルールが定義され、数学では公理とこれらのルールを使って次々と正しいことを導出していきます(図1-1)。
新しく導出された正しいことを、公理と合わせて「定理」と呼び、定理を導出する過程のことを「証明」といいます。
別の見方をすると、数学の問題を解くこととは、今までに導出された定理を使って、いかにその問題の答えが定理になるかという証明を見つける作業になります。
2命題と論理式
さて、「である」「である」のような、定理であるかどうかを判断しうる対象のことを「命題」といいます。
命題の扱い方にはいくつかの方法がありますが、ここでは解りやすく論理式の「真」と「偽」を使って、「定理は『真』、定理でないものは『偽』」と考えることにします。 例えば、「である」という命題が定理であれば、「である」は「真」となります。 「である」という命題が定理にならなければ、「である」は「偽」です。
このとき、命題たちを「」「」などの文字で表すことにします。 すると、「ならば」や「かつ」のように、これらを組み合わせて新しい命題を作ることができます。
例えば、が「である」という命題で、が「である」という命題であれば、「または」とすることで、「である、または、である」という命題が作れます(図2-1)。
通常、「または」は「」の記号、「かつ」は「」の記号で表し、「」「」のように書きます。 つまり、「または」という命題は、「」と書けます。
ところで、「または」とは、かのどちらかが真なら真という意味です。 よって「」の結果を表にすると、表2-1のようになります。
偽 | 偽 | 偽 |
偽 | 真 | 真 |
真 | 偽 | 真 |
真 | 真 | 真 |
一方、「かつ」とは、との両方とも真なら真という意味です。 よって「」の結果を表にすると、表2-2のようになります。
偽 | 偽 | 偽 |
偽 | 真 | 偽 |
真 | 偽 | 偽 |
真 | 真 | 真 |
例えば「」が真つまり定理であり、「」が偽つまり定理でないとしましょう。 このとき、「」は「真または偽」で真となり、つまり定理となります。 そして「」は「真かつ偽」で偽となり、つまり定理ではありません。
3論理式の性質
ここからは、定理を証明するときに必要となる、論理式のいろいろな性質について説明します。
3.1否定と排中律と矛盾
「である」という命題に対し、「ではない」という否定の命題を表すときには、「」の記号を使います。 命題に対し「ではない」ことを「」と書き、そのときの結果は表3-1のようになります。
偽 | 真 |
真 | 偽 |
この表から、どんな命題であっても「」か「」のどちらか一方は真、つまり定理になることが解ります。 つまり「」も「」も定理でないような命題はありません。 この「もも定理にならないような命題は存在しない」という法則を「排中律」といいます。
また一方で、「もも定理である」ことを「矛盾」と言います。 この表から、矛盾を引き起こす命題は存在しないことも解ります。
排中律と矛盾を組み合わせると、「が定理であるとすると矛盾する、よってが定理である」のように、わざと矛盾を引き起こすことでその否定を証明することもできます。
3.2論理包含
論理式のその他の記号として、「ならば」を意味する「」があります。 これは、「が成立するとき、が成立する」という命題になります(図3-1)。
「」という命題が定理であることは、「が真」のときには常に「も真」になることを意味します。 ただし、「が偽」の場合については何も言っていないため、が偽のときのはどうなっていても構いません。
つまり「」のが偽の場合、が真でも偽でも「」は真になります。 表にすると、表3-2のようになります。
偽 | 偽 | 真 |
偽 | 真 | 真 |
真 | 偽 | 偽 |
真 | 真 | 真 |
例えば、「、ならば、は奇数である」という定理があったとき、がでない場合については何も言っていないので、がでない場合はが偶数でも奇数でもどうであってもこの定理が覆ることはありません。 よって、「偽、ならば、…」のときは命題は常に真になるべきだと理解できます。
3.3同値な命題
さて、命題の真偽が常に一致するとき、とは「同値」といい、「」と書きます。
もしが定理のときが定理になり、そしてが定理のときが定理になるなら、それはとは真偽が一致していると言えるため、とは同値です。 つまり論理式で書くと、「」のとき、とは同値です。 このため、「」は「」という記号で書かれることもあります。
とが同値なら、どちらかを証明だけで、もう一方も証明したことになります。 「」の結果を表にすると、表3-3のようになります。
偽 | 偽 | 真 |
偽 | 真 | 偽 |
真 | 偽 | 偽 |
真 | 真 | 真 |
3.4逆と裏と対偶
「」という形の命題があったとき、とを反対にした「」を「逆」の命題といいます。 また、とに否定を付けた「」を「裏」といい、逆と裏の両方になった「」を「対偶」といいます(図3-2)。
このうち特に対偶が重要で、対偶は元の命題と同値となります。 例えば「、ならば、は奇数である」という命題に対し、対偶は「は奇数でない、ならば、でない」ですが、この2つの命題は同値となります。
つまり命題を証明したいとき、元の命題を証明せずに対偶のほうの命題を証明することで、元の命題の証明ができます。
3.5ド・モルガンの法則
また重要な法則として、「ド・モルガンの法則」があります。
ド・モルガンの法則とは、「」と「」が同値になり、「」と「」が同値になるという法則です。 かみ砕くと、「」の括弧を外したときに、中身の「」と「」が入れ替わり、「」が分配されるという法則です。
例えば、「『は偶数かつは以上』でない」という命題は、「は偶数でないか、は以上でない」ということと同じになります。 また、「『は偶数またはは以上』でない」ということは「は偶数でなく、は以上でもない」ということと同じになります。
複雑な命題を変形して整理したいときに役立ちます。
4命題関数
より多彩な定理や命題を扱うために、もう少し論理式について踏み込んでいきましょう。
外から値を受け取ると命題になるものを「命題関数」といいます。 例えば「である」という記述に対し、に、にを代入すると「である」という命題になりますので、「である」は命題関数です(図4-1)。
命題関数には「」「」などの具体的な値の他に、「すべての値」や「ある値」というものを入れることができます。 これらは「」「」などの文字の前に「」「」の記号を付けることで、それぞれ「すべての値」「ある値」を表します。
例えば、「である」という命題関数に、で囲んでにを代入して「である」のように書くと、「すべての値に対してである」という命題を表します。 同様に、で囲んでにを代入して「である」のように書くと、「であるようなある値が存在する」という命題になります。
具体例として、「」という命題関数があり、とにを入れた命題「」は真で、にをにを入れた命題「」は偽であるとしましょう(図4-2)。
このとき「」があるため、すべてのとに対して「」が真になるわけではありません。 よって「」は偽となります。 また「」があるため、「」が真になるようなとは少なくとも存在しています。 よって「」は真となります。
5直観主義論理
最後に、「直観主義論理」と呼ばれる、これまでとは異なる考え方を簡単に紹介しておきます。
これまでは、命題とがあったときに少なくとも一方は定理であるとする「排中律」を前提としていましたが、直観主義論理ではこの排中律を否定します。 つまり、「あなたは数学が好きかどうかは判らないが、あなたは数学が好きか好きでないかのどちらかだ」とこれまでの論理では言えましたが、直観主義論理ではこれすらも懐疑し、「あなたは数学が好きか好きでないかのどちらかである、かどうかも判らない」となります。 証明できるかどうか判らないという可能性を考慮しています。
排中律を前提にしないと、多くの定理が証明できなくなってしまうため、数学の多くの分野では直観主義論理は主流ではありませんが、論理自体を対象とする分野や計算機科学などでは直観主義論理との親和性が高くよく使われます。
今回は、数学の基本的なルールを説明しました。 次回は実際に、具体的な公理から定理を証明してみましょう!