1ベクトル
1.1数ベクトル
次元の点を軸を中心に度回転させたあとの、座標を求めたいとします。 この場合、それぞれに対して計算すると回計算が必要になり、それぞれの回転操作を関数で表すとのつの関数が必要になります。
これが次元なら回の計算が必要で、次元なら回の計算が必要になるため、少し煩雑です。
そこで、複数の数をひとまとめにしてのように書き、それを1つの数とみなすことにします。 すると何次元であっても単純にのように1つの関数で扱えるようになります。 こののように複数の数を並べてまとめたものを「数ベクトル」といいます。
1.2幾何ベクトル
数ベクトルは複数の数をまとめただけですが、それを「向きと大きさを持つ矢印」と解釈して扱うことが、物理学や工学で多く行われています。 この矢印を「幾何ベクトル」といい、物体の速度や、力や、流体の流れなどを扱うのに使われます(図1-1)。
1.3ベクトルの基本的な演算
このような数ベクトルや幾何ベクトルを、他の整数や実数のように1つの数とみなして、加算や減算を考えます。
数ベクトルや幾何ベクトル同士の加算は、各要素を加算したものとします。 例えば、としたとき、これらを加算すると図1-2のようになります。
幾何ベクトルの加算は特に、物理学において2つの速度や2つの力を合成したときの結果と一致するため応用上便利です。 同様に、数ベクトルや幾何ベクトル同士の減算は、各要素を減算したものとします。
また、数ベクトルや幾何ベクトルには「スカラー倍」が行えるものとします。 「スカラー倍」とは、実数との掛け算です。 数ベクトルや幾何ベクトルのスカラー倍は、各要素に実数を掛けることとします(図1-3)。
例えば、物理学において力を倍にすることは、力の幾何ベクトルに実数のを掛けた結果と一致するため、このスカラー倍も応用上便利です。
1.4ベクトル空間
さてここまで、数ベクトルや幾何ベクトルとはいくつかの数をひとまとめにしたもので、それらに加算とスカラー倍が行えることを説明しました。 逆に考えると、加算とスカラー倍さえ行えれば中身が何であっても、数ベクトルや幾何ベクトルと同じように扱えそうです。
そこで任意の集合に対し、加算とスカラー倍を定義したものを「ベクトル空間」といい、その集合の元は「ベクトル」と言われるようになりました。 「ベクトル空間」の「空間」とは、第5話の距離空間と同様、集合と何かしらのルールをセットにしたものです。
例えば、集合イヌネコウサギに対して、加算とスカラー倍が問題なく行えるように定義すると、はベクトル空間となり、「イヌ」「ネコ」「ウサギ」はそれぞれベクトルとなります。 「イヌネコウサギ」などとできるイメージです。
1.5内積と計量ベクトル空間
ベクトル空間は加算とスカラー倍ができるものとして定義したため、数ベクトルを扱う場合には十分でしたが、これだけでは幾何ベクトルの長さや角度といったものが表現できません(図1-4)。
そこでベクトル空間に、長さや角度が求まる仕組みを追加したものを考えます。 この仕組みを「内積」といい、内積が追加されたベクトル空間を「計量ベクトル空間」といいます。
内積とは、幾何ベクトルの「長さ」も「角度」も両方求まるような仕組みを追求すると現れる演算です。 2つの幾何ベクトルの内積は、「」と定義されます。 例えば、のとき、これらの内積はです。
なぜこの内積で長さや角度が求まるかといいますと、この内積「」を計算した結果が、「の長さと、の長さと、の間の角度の余弦との積」と一致するためです。 つまり、の長さをそれぞれで表し、間の角度をとしたとき、「」が成り立ちます(図1-5)。
このとき、同じベクトル同士の内積を計算すると「」になることから、ベクトルの長さ(の2乗)が算出できます。 また先ほどの式を変形することで「」となり角度が求まります。 そのように内積から幾何ベクトルの長さや角度が求められます。
話がややこしくなりましたが要点としては、ベクトル空間に内積という仕組みを追加することで、ベクトルの長さや角度といったものが導けるようになり、そのようにしたベクトル空間を「計量ベクトル空間」と呼ぶということです。
一般のベクトルに関しては、抽象化された公理を満たすものが内積として定義されますが、まずはこの幾何ベクトルの内積「」だけ憶えておけば十分です。
ちなみにこの「」で計算される内積は、「ドット積」と呼ばれ、「」とも表記されます。
2行列
2.1行列
数ベクトルは、複数の数を並べてひとまとめにしたものでしたが、縦横に並べるようにしたものを「行列」といいます(図2-1)。
数を縦横に並べたたけでは何の役に立つのかが分かりにくいですが、冒頭で述べた「3次元の点を軸を中心に度回転させる操作」といった、数ベクトルを変換させる操作は行列で表すことができ、物理学やコンピュータグラフィックスなどの分野でよく使われます。
縦に個、横に個の数が並んだ行列を、「行列」といい、横のラインを「行」、縦のラインを「列」といいます。 つまり行列には、行が個、列が個存在します。
行列は、数ベクトルの並べ方を縦横にしたようなものなので、数ベクトルと同様に加算とスカラー倍が定義されます。 例えば行列の加算とスカラー倍は図2-2の通りです。
行列には加算とスカラー倍が定義されているため、行列もベクトル空間だといえます。
1行しかない行列、つまり行列は、数ベクトルの一種になるため、「行ベクトル」と呼ばれます。 同様に、1列しかない行列も数ベクトルの一種で、「列ベクトル」と呼ばれます。
2.2行列の積
これに加え、行列には積が定義されます。 この積は重要で、ベクトルに対する回転や拡縮などの変換操作「」は、行列を使って「」という積で表現できます。 また2つの操作を表す行列に対して積「」とすると、は、を行ってからを行う操作と等しくなります。
さて、2つの行列の積「」は、の行目の行ベクトルと、の列目の列ベクトルとの内積が、行列になるように定義されます(図2-3)。
「」の記号は別の演算を表すことがあるため、行列の積には「」は普通使いません。 また、整数や実数などの積ではが成り立ちましたが、行列の積では一般に成り立ちません。 となることがあります。
それでは、次元の点を軸を中心に度回転させたあとの、座標を求めてみましょう。 点の座標を列ベクトルで表し、回転操作を行列で表すと、図2-4のようになります。
計算の結果、点はの座標に移動することが分かりました。
2.3行列式
行列が与えられたとき、それがどのような変換をもたらすのかという特徴を知る方法として、「行列式」や「固有値」や「固有ベクトル」があります。
「行列式」を使うと、行列の変換によって上下や左右に反転するかどうかが判ったり、図形の面積が何倍に変換されるかが求まります。 行列式は、行と列の個数が一致した行列にのみ定義され、行列に対して行列式はもしくはと表します(図2-5)。
は絶対値と同じ記号ですが、絶対値ではありません。 図のように行列式を用いると、操作によって2つのベクトルが作る平行四辺形の面積が何倍になるかが求まります。 また裏返る場合には負の値で求まります。
行列式の定義を厳密に書くと難しいのですが、計算はできます。 行列の行列式は、行列の要素がであるとき、そのままです。
行列の行列式は、「行列目の数」と「行目および列目を除いた部分の行列式」との積から、「行列目の数」と「行目および列目を除いた部分の行列式」との積を引いたものです。
以下、行列の行列式も同様に、をに順番に変えながら、「行目の数」と「行目および列目を除いた部分の行列式」との積を求め、が奇数なら足して、が偶数なら引くと、行列式が求まります(図2-6)。
この図では、行列の行列式を求めています。
2.4固有値と固有ベクトル
一方「固有ベクトル」を使うと、ベクトルを変換するときに、スカラー倍にしかならないベクトルを得ることができます。 スカラー倍にしかならないとは、幾何ベクトルの場合、変換によって向きが変わらないベクトルということです。 例えば回転操作の場合、回転の軸を意味します。
また固有ベクトルの長さが何倍になるのかを表した数を、「固有値」といいます(図2-7)。
図の左側は回転操作をする行列における固有ベクトルを表しています。 このとき回転軸を向いているすべてのベクトルは、回転操作を行っても向きが変わらないためすべて固有ベクトルになります。 また、回転操作では長さが変わらないため、これらの固有ベクトルの固有値はです。
図の右側は軸方向に倍する行列における固有ベクトルを表しています。 このとき軸と平行なすべてのベクトルは向きが変わらないためすべて固有ベクトルになり、長さは倍になるため固有値はです。 また、軸と軸が作る平面上のすべてのベクトルは方向も長さも変わらないため、すべて固有値の固有ベクトルになります。
変換する行列を、固有ベクトルを、固有値をとすると、固有ベクトルは変換によってスカラー倍(固有値倍)になることから「」が成り立ちます。 これは方程式になっていて、これを解くことで固有ベクトルと固有値が求まります。
2.5単位行列と逆行列
行列において、行列目から行列目の斜めの要素がで、それ以外の要素がの場合、この行列はベクトルを何も変化させない変換となります。 この行列を「単位行列」といい、やの記号で表されます。 例えばの単位行列は図2-8の通りです。
また、ある変換を行う行列に対し、その変換を戻す行列をの「逆行列」といい、「」と表します。 ある操作を行ったあとに、それを戻す操作を行うことは、結局何も変化させない操作に等しいため「」が成り立ちます。
ただしすべての行列に逆行列が存在するわけではなく、ベクトルが作る図形の面積をにするような操作は図形が潰れてしまって元に戻せないため逆行列が存在しません。 つまり、の行列には逆行列が存在しません。 の行列には逆行列が必ず存在します。
3クロス積と外積
3.1クロス積
最後に、物理学や工学での応用上重要な演算として、「クロス積」を説明します。
クロス積は、3次元の幾何ベクトルに定義される演算で、2つのベクトルに直交するベクトルを求めることができます(図3-1)。
としたときのベクトルは、とに直交する向きとなり、長さはとが作る平行四辺形の面積と一致します。 右ねじをからの向きに回すときに右ねじの進む向きが、の方向になります。
「(クロス)」の記号を使うため「クロス積」と呼ばれますが、物理学や工学では「外積」と呼ばれることも多いです。 ただし「外積」は、「ウェッジ積」や「テンソル積」という演算も指すこともあり紛らわしいため、ここでは「クロス積」と呼んでおきます。
3.2外積代数
クロス積は3次元の幾何ベクトルに定義される演算と説明しましたが、これを一般の次元に拡張することは実は困難です。 そこで、あるベクトル空間におけるクロス積の結果は、とは別の集合に含まれると認めることでクロス積は多次元に拡張されました。 この分野は「外積代数」と呼ばれ、外積代数における拡張されたクロス積のことを「ウェッジ積」といい「」の記号で表します。
このウェッジ積と、同じく外積代数で定義される「ホッジ作用素」と呼ばれるものを組み合わせると、3次元幾何ベクトルではクロス積と一致します。
今回は、複数の数をひとまとめに扱う方法として、ベクトルや行列を説明しました。 次回は、2乗すると負になる数を解説します!