
第2話までは、質点が2つ以下の場合を扱ってきました。 今回は、質点が複数の場合を扱います。
1質量中心と外力
質点が複数になると、途端に計算が複雑になります。 前回は恒星と惑星の2質点の運動を考えましたが、これが恒星と惑星と衛星の3質点になると、それだけで一般に厳密な解が求められなくなることが数学的に証明されています。
ただし個々の質点は計算できなくても、全体的な性質として計算できるものがあります。 そこで各質点の計算は置いておいて、質点全体をひとまとめにして扱うことを考えます(図1-1)。

この図の左のように質点がたくさんあったとき、それを大胆にも右のように、質量の分布を平均した位置にある1つの点と見なします。 そのような点のことを「質量中心」といいます。 数式で表すと図1-2の通りです。
個の質点の質量がそれぞれ
で、位置がそれぞれ
のとき、質量中心の位置
を、
と定義する。
補足
「質量中心」は、万有引力(重力)がかかる中心という意味で「重心」とも呼ばれます。 ただし、重力が均等に分布していない状況では重心はややこしくなるため、ここでは質量中心を扱います。
すると全質点が等速直線運動しているとき、全質点の運動を計算してから質量中心を求めることと、質量中心そのものが等速直線運動しているとして計算することは、同じ結果になります。 またたくさんの質点に外から力を加わえてから質量中心を求めることと、質量中心そのものに力が加わったとして計算することも、同じ結果になります。
つまり複数の質点の質量中心を考えれば、複数の質点のことは忘れて、質量中心の1点を計算するだけで済みます。 このことは、複数の質点が互いに力を及ぼし合っている場合でも変わりません。 作用・反作用の法則によって、他の質点に与えた力とそのときに他の質点から受けた力は打ち消し合い、質量中心には影響しないためです。
2剛体
たくさんの質点が、それぞれの位置関係を変えずに、ひとまとまりになって運動するものを「剛体」といいます。 全く変形しない強固な物体のイメージです。
わたしたちの周りの多くの物体は、力を加えてもほとんど変形しないので、物体をたくさんの質点の集まりと見なして「剛体」として近似することができます。
剛体は質点の集まりなので、剛体の位置がどう変化するかは質量中心の運動を計算することで求まります。 ただし剛体には、位置の変化のほかに回転も考えられます。 剛体に及ぼす力によって剛体が回転した場合、その回転させようとした性質のことをその力の「モーメント」といいます(図2-1)。

この図は剛体がシーソーのような動きをしている状況です。 回転軸を原点として
の位置に
の力がかかるとき、力
のモーメントはベクトルの外積を使って、

となります。 すなわち、ベクトル

の大きさをそれぞれ





とし、その間の角を
とすると、外積の性質より、力
のモーメントの大きさは








で求まります。




























では理解を深めるために、剛体に関する問題を解いてみましょう(図2-3)。

問題
図2-2のように、質量、長さ
の一様な棒を、長さ
の糸で引っ張って壁に垂直に立てたとき、糸と壁とがなす角は
になった。 このとき、重力加速度を
として、糸が棒を引く力と、棒と壁の間に働く力を求めよ。
まずは、棒を剛体とみなして力を全部書き出し、運動方程式


を作成します(図2-4)。





糸が棒を引く力を
とし、棒と壁の間に働く力のうち
方向を
、
方向を
としました。 
の棒を剛体とみなすと、質量中心は真ん中、つまり壁から
のところになりますので、そこに重力加速度





がかかっていると考えます。


















まず力のモーメントを考えてみます。 棒の回転は、棒と壁の間が回転軸になります。 時計回りと反時計回りの力のモーメント(








)が釣り合っていることを式にすると、







































となります。 これを解くと、













が得られます。


































































すると水平方向の運動方程式は、
の水平成分と
が釣り合っていることから








となります。 






だったので代入して、







です。






























垂直方向の運動方程式は、
の垂直成分と壁の摩擦
と重力加速度が釣り合っていることから




















となります。 






だったので代入して、



















です。






















































以上、糸が棒を引く力は




、棒と壁の間に働く力の水平方向は




、垂直方向は



が答えです。

















3弾性体
3.1応力テンソル
現実の物体は、変形しないように見えても厳密には全く変形しない剛体ではなく、力を加えると小さく変形して、力がなくなると元の形へ復元しています。 このように、変形したときに元の形に戻ろうとする物体を「弾性体」といいます。
現実の物体を扱う場合、大まかな運動は剛体で近似し、物体内部にかかる力は弾性体で近似すると良いでしょう。
弾性体に力が加わるとき、弾性体の内部では、場所によって異なる力が働いています。 このような、それぞれの微小な領域に働く力を「応力」といいます(図3-1)。

そして弾性体の内部の微小な立方体に着目したときの、立方体の各面に働く力によって、この応力は表されます。 この立方体には6面ありますが、向かい合う面に働く力は、片面が分かればもう片面が分かります。 つまり、X、Y、Zの3面だけで応力が表現できます(図3-2)。

図のように、X、Y、Zの3面それぞれに、X方向、Y方向、Z方向の3軸方向の力が働くため、応力は全部で9個の力の組み合わせになります。 この9個の力の組み合わせを、「応力テンソル」といいます。 応力テンソルは、図のようによく

行列の形で表されます。



この「テンソル」とは、厳密に説明するとややこしいためざっくりと説明すると、スカラーとは数値が
次元(点)に並んだもの、ベクトルとは数値が
次元(線)に並んだものとすると、一般化して
次元に並んだものを「
階のテンソル」といいます。 応力テンソルは
次元に並んでいますので、
階のテンソルです。






補足
2階のテンソルは、数値が2次元に並んだという点では行列に似ており、便利なのでよく行列の形で書かれます。 しかし行列がただ数値を並べたものであることに対し、テンソルは座標系よって数値が定まる「何か」を表しています。 2階のテンソルは行列で表せますが、任意の行列が2階のテンソルになるわけではありません。
3.2いろいろな応力
では応力の例を見ていきましょう。
弾性体の中の微小な立方体のX軸方向に、力
で引っ張ると、図3-3のようになります。


Xの面にX方向の力がかかるだけなので、応力テンソルは

が
となり、それ以外はすべて
になります。





このとき、引く方向に力が働くと弾性体の長さは伸び、押す方向に力が働くと弾性体の長さは縮み、この伸び縮みの長さは力
の大きさに比例します。 この比例定数を「ヤング率」といいます。

一方、弾性体の中の微小な立方体を引っ張って菱形に変形させるように力
を加えると、図3-4のようになります。


Xの面をY方向にずらそうとし、Yの面をX方向にずらそうとするため、応力テンソルは





が
となり、それ以外はすべて
になります。









このとき、ずれの角度
は力
の大きさに比例します。 この比例定数を「剛性率」といいます。


ヤング率や剛性率は、物体の材質によって決まっています。 例えば金は、ヤング率が










、剛性率が










とされています。
























今回は、たくさんの質点を扱う方法について説明しました。 ここまでは主に固体を扱ってきましたが、次回は液体や気体を扱います!